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津地方裁判所 平成12年(わ)14号 判決 2000年5月02日

主文

被告人甲野一郎を懲役一年二月に、被告人乙川二郎を懲役一年に、被告人丙山三郎を懲役一年に、被告人丁谷四郎を懲役一年六月に、それぞれ処する。

未決勾留日数中、被告人甲野一郎、被告乙川二郎、被告丙山三郎に対し各五〇日、被告人丁谷四郎に対し三〇日をそれぞれその刑に算入する。

この裁判確定の日から、被告人乙川二郎及び被告人丙山三郎に対し三年間、被告人丁谷四郎に対し四年間、それぞれその刑の執行を猶予する。

理由

(犯罪事実)

被告人甲野一郎は、平成九年七月ころから平成一〇年九月当時、津市栄町<番地略>に本店を有する三重県信用組合(以下「三重県信組」ともいう。)の理事長として三重県信組の業務全般を統括していたもの、被告人乙川二郎は、三重県信組の専務理事として理事長を補佐して業務を執行処理していたもの、被告人丙山三郎は、三重県信組の常務理事として理事長を補佐して業務を執行処理していたもの、被告人丁谷四郎は、丁谷建設株式会社とその関連企業の役員などをし、三重県信組の理事をし、理事長らに相当な影響力を持ち、知人らに融資するよう働きかけをすることもあったものであるが、被告人甲野、被告人乙川及び被告人丙山は、三重県信組の組合員等に組合資金を貸し付けるに当たり、関係法令、三重県信組の定款及び貸出事務取扱規定等の定めを遵守し、あらかじめ貸付先の営業状態、資産等を精査するとともに、確実で十分な担保を徴して貸付金の回収に万全の措置を講ずるなど、三重県信組のため職務を誠実に遂行すべき任務を有していたものであるが、

第一  被告人丁谷は、平成九年七月初旬、不動産賃貸業等を営むAが多重債務者で、不動産担保として提供する予定のA所有の三重県四日市市馳出町一丁目九番、同一八番の宅地、同宅地上の鉄骨造り陸屋根四階建ての共同住宅店舗だけでは担保として不十分であり、賃料収入だけでは返済が困難であると熟知しながら、三重県信組に対する返済が滞ればその宅地建物を競落すればよいと考え、三重県信組の融資部長であるBらに対し、Aに一億五〇〇〇万円位の借金返済資金を融資するよう強く要請し、B融資部長は、そのころ、現地調査をしたりAらから事情聴取するなどし、本来融資すべきではないと考えたが、被告人丁谷の融資要請を断れば、三重県信組内で人事上の不利益を受けると懸念し、同年七月一〇日、総額一億七〇〇〇万円の融資に関する貸出稟議書等を三役協議に諮り、被告人丁谷の強い要請であると説明し、被告人甲野、被告人乙川及び被告人丙山は、Aが多重債務者で、右建物の賃料収入だけでは債務の返済能力がなく、連帯保証人となるAの妻や子供らも定職に就いておらず債務の返済能力もなく、担保として提供するA所有の右宅地建物だけでは不動産担保として不十分であることを熟知しながら、被告人丁谷の融資要請に反して融資を断れば、三重県信組における自己の地位を失うと懸念し、Aに対し総額一億六五〇〇万円を貸し付ける旨決裁し、被告人甲野、被告人乙川、被告人丙山及びB融資部長らは、被告人丁谷と意思相通じ、共謀の上、同年八月一一日、四日市市西浦<番地略>の三重県信組四日市支店において、Aの利益を図り、かつ、自己の利益のため、他に貸付金の回収を確保するための措置を講ずることなく、Aに対し三重県信組の資金総額一億六五〇〇万円を貸し付け、その回収を著しく困難にさせ、三重県信組に同額の財産上の損害を与え

第二  被告人丁谷は、平成一〇年八月初旬、宅地開発業等を営む株式会社北斗開発(以下「北斗開発」ともいう。代表取締役C)が、三重県伊勢市藤里町字高原一六六番二、同一六六番六の山林の宅地開発を企画するも、同山林は都市計画法等の各種規制を受けその宅地開発は困難であり、北斗開発の財務状態も芳しくなく、不動産担保として提供する右山林も担保としての適格性がないことを熟知しながら、北斗開発の企画する同県三重郡菰野町内の宅地開発事業に参画するため、北斗開発に便宜を図ろうと考え、B融資部長に対し、北斗開発に七〇〇〇万円位の右山林の宅地開発の事業資金を融資するよう強く要請し、B融資部長は、そのころ、現地を視察するなどして調査し、本来融資すべきではないと考えたが、被告人丁谷の融資要請を断れば、三重県信組内で人事上の不利益を受けると懸念し、同年九月一〇日、七〇〇〇万円の融資に関する稟議書等を三役協議に諮り、被告人丁谷からの紹介案件であると説明し、被告人甲野及び被告人丙山は、北斗開発が事実上の休眠状態にあり、特段の資産もないため、債務の返済能力もなく、連帯保証人となるC、他の役員のD、担保提供者のEも債務返済能力がなく、右山林も各種規制のため宅地開発が困難で、不動産担保としての適格性がないことを熟知しながら、被告人丁谷の融資要請に反して融資を断れば、三重県信組における自己の地位を失うと懸念し、七〇〇〇万円を貸し付ける旨決裁し、被告人甲野、被告人丙山及びB融資部長らは、被告人丁谷と意思相通じ、共謀の上、同年九月一八日、前記三重県信組四日市支店において、北斗開発の利益を図り、かつ、自己の利益のため、他に貸付金の回収を確保するための措置を講ずることなく、北斗開発に対し三重県信組の資金七〇〇〇万円を貸し付け、その回収を著しく困難にさせ、三重県信組に同額の財産上の損害を与えた。

(証拠)<省略>

(法令の適用)

判示各所為 刑法六〇条、二四七条(被告人丁谷につきさらに刑法六五条一項)

刑種の選択 懲役刑を各選択

併合罪の加重 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(被告人甲野、被告人丙山、被告人丁谷につき、犯情の重い判示第一の罪の刑に法定の加重)

未決勾留算入 刑法二一条(被告人四名につき)

刑の執行猶予 刑法二五条一項(被告人乙川、被告人丙山、被告人丁谷につき)

(量刑の理由)

本件は、三重県信用組合の理事でありハッケングループ企業の代表者でもある被告人丁谷四郎が、A所有の宅地建物、株式会社北斗開発の企画する他の宅地開発に対する思惑から、三重県信組の融資部長であるBに両者に対する融資を強く要請し、現地調査するなどして本来融資すべきではないと考えたB融資部長が、被告人丁谷の融資の要請を断れば人事上の不利益を受けると懸念し、いずれも貸出の稟議書等を三役協議に諮り、被告人丁谷からの強い要請などと説明し、三重県信組の理事長である被告人甲野太郎、専務理事である被告人乙川二郎、常務理事である被告人丙山三郎が、Aが多重債務者であり、賃料収入だけで債務の返済能力がなく、連帯保証人にも返済能力がなく、担保提供する宅地建物では不動産担保として不十分であると熟知しながら、他に貸付金の返済を確保する措置を取ることなく、合計一億六五〇〇万円の融資を決裁し、判示のとおりAに貸し付け、三重県信組に同額の財産上の損害を与え(第一)、また、被告人甲野、被告人丙山が、北斗開発が事実上休眠状態にあり、特段の資産も有せず、連帯保証人にも返済能力がなく、担保提供された山林の宅地開発は困難であり、不動産担保として不適格であると熟知しながら、他に貸付金の返済を確保する措置を取ることなく、七〇〇〇万円の融資を決裁し、判示のとおり北斗開発に貸し付け、三重県信組に同額の財産上の損害を与えた(第二)という事案である。

被告人甲野らは、三重県から三重県信組の経営に関し指導を受け、貸付に当たっては厳正な審査が求められる中、被告人丁谷から融資の要請のあったA及び北斗開発の返済能力は乏しく、いずれも融資すべきではないことが明らかなのに、貸出規程等に違反し、貸付金の回収を確保する万全の措置を講ずることなく、融資を決裁して貸し付けており、その任務違反の程度は著しく、背任の犯行態様は悪質である。被告人甲野が平成三年六月有価証券投資の失敗の責任を取り常務理事を辞職した後、平成六年七月被告人丁谷の強い働きかけにより理事長に就任した経緯、被告人丁谷の理事長らに対する融資や人事についての働きかけなどから、被告人甲野ら役員を含め三重県信組職員は、被告人丁谷の影響力をおそれていたが、被告人甲野、被告人乙川、被告人丙山は、三重県信組の三役として貸付に当たり厳正な審査を求められているのに被告人丁谷の融資の要請を断れば、理事長、専務理事、常務理事の地位を失うと考え、Aあるいは北斗開発の利益を図り、自己の地位の保全も考え、高額の融資を決裁したもので、犯行に至る経緯に酌むべき点は乏しく、いずれも三重県信組役員としての職責の自覚を欠いている。そして、Aあるいは北斗開発に対する債権回収は困難な結果に終わっており、三重県信組に与えた損害も重大である。

被告人甲野は、三重県信組の理事長として、三重県から各種の指導を受け、貸付に当たっては厳正な審査を求められる中、判示のとおり理事長として各融資の決裁をしたもので、任務違反の程度はいずれも大きく、各犯行に至る経緯に酌むべき点は乏しく、理事長の職責の自覚を欠いており、合計二億三五〇〇万円の債権回収を困難にする重大な結果を招いている。そして、厳正な審査をしないで融資などをし、三重県信組を破綻に至らせた一因を作った理事長としての責任も看過できない。これらによれば、被告人甲野の刑事責任は重い。そうすると、被告人甲野は、本件各犯行を深く反省し、三重県信組の経営を困難にし、ついには破綻させた責任を痛感し、資産を損害補填に提供する考えであること、これまで前科はなく、妻が病気となった後その世話をし、妻死亡後は家族の世話をし、長年にわたり真面目に働いてきたこと、後記のとおり被告人丁谷が一部損害を賠償する予定であることなど有利な事情を考慮しても、その刑の執行を猶予するのは相当ではなく、有利な点は刑期で考慮し、被告人甲野を懲役一年二月に処する。

被告人乙川は、三重県信組の経営に関し指導を受け、貸付に当たっては厳正な審査が求められる中、Aの融資返済が困難であることを熟知しながら、被告人丁谷の融資要請の意向に反して融資を断れば、被告人甲野の理事長就任などの経緯からすると専務理事の地位を失うと考え、Aの利益を図り、自己の地位の保全も考え、専務理事としてAに対する貸付を決裁し、その結果一億六五〇〇万円の債権の回収を困難にしたもので、その刑事責任は軽視できない。他方、被告人乙川は、第一の犯行を深く反省し、三重県信組を破綻させた責任を自覚していること、退職金等の請求権を放棄し、全国信用組合厚生年金基金からの加算退職年金を辞退し、三重県信組の損害補填に充て、農地も仮差押えを受けていること、これまで前科はなく、今後妻や両親らを扶養すべき立場にあることなどの事情を考慮し、懲役一年に処し、刑の執行を猶予する。

被告人丙山は、三重県信組の経営に関し指導を受け、貸付に当たっては厳正な審査が求められる中、A及び北斗開発の融資返済が困難であることを熟知しながら、被告人丁谷の融資要請の意向に反して融資を断れば、被告人甲野の理事長就任などの経緯からすると常務理事の地位を失うと考え、A及び北斗開発の利益を図り、自己の地位の保全も考え、常務理事として貸付を決裁し、その結果合計二億三五〇〇万円の債権回収を困難にしたもので、その刑事責任は軽視できない。他方、被告人丙山は、本件各犯行を深く反省し、三重県信組を破綻させた責任を自覚していること、被告人乙川と同様に退職金等を放棄し、加算退職年金を辞退し損害補填に充て、宅地建物も仮差押えを受けていること、これまで前科はなく、今後妻や母親らを扶養すべき立場にあることなどの事情を考慮し、懲役一年に処し、刑の執行を猶予する。

被告人丁谷は、三重県信組における理事としての発言力が高まるにつれ、ハッケングループに対する融資の要請のほか、三重県信組の人事に意見を述べたり、他の者や企業に対する融資の要請をし、理事として三重県信組が多額の不良債権を抱え三重県から経営に関し指導を受けていることを知りながら、提供する担保が不十分ないし不適格と知りながら、債務返済が困難であるAや北斗開発に対する融資をB融資部長らに要請したが、Aの債権返済が滞れば、A所有の宅地建物を競売で落札する意向を持ち、また、北斗開発が営む他の不動産開発事業にハッケングループが参画できれば事業に利すると考え、北斗開発に便宜を与えるつもりで、融資の要請を断りにくい立場にあるB融資部長に対し、それぞれ融資を要請しており、その経緯に酌むべき点はない。被告人丁谷の意向に逆らうことが困難な被告人甲野及び被告人丙山に、第一では被告人乙川にも、任務に違反して融資を決裁させ、合計二億三五〇〇万円を貸付させた犯情も不良である。A及び北斗開発に対する債権回収をいずれも困難にし、三重県信組に損害を与えた結果は重大である。そして、回収困難な債権を増大させ、三重県信組の運営を困難にし、ついには破綻に至らせた一因を作った点も看過できないから、被告人丁谷の刑事責任は重い。他方、三重県信組の融資審査にはもともと厳正さが欠けており、理事長ら三役に直接融資の要請をしたものでもないこと、被告人丁谷は、本件各犯行を深く反省し、三重県信組を破綻させた責任を痛感し、三重県信組を引き継いだ機関に対しA分で五〇〇〇万円を、北斗開発分で七〇〇〇万円を賠償するなどの合意を成立させ、そのための資金を弁護人に預託したこと、これまで経済人として活躍し、ハッケングループ関連企業を成長させ、同グループに欠かせない立場にあることなどの事情を考慮し、懲役一年六月に処し、その刑の執行を猶予する。

(求刑 被告人甲野につき懲役二年、被告人乙川及び被告人丙山につき懲役一年六月、被告人丁谷につき懲役二年六月)。

(裁判官・柴田秀樹)

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